斉藤和義、山口洋

 3.11以降、斉藤和義の本音のライブ画像が巷にあふれた。もちろん、ぼくも何度も繰り返しあの歌を聴いた。そして、我らが兄貴、山口洋。先日、東京に呼び出しがかかった。そんなことは初めてのことだった。北は北海道から南は沖縄まで、兄貴とご縁のある何人かの男女が集まった。そして、相馬を中心に被災地に数多く入っている兄貴は、自分がミュージシャンだなんてとても言えない。そうつぶやいた。涙が出そうになった。地震だけならもうかなり復興のめどはついただろう。けれど、目に見えないもののせいで、福島は、日本は大きく分断された。昔、人類が滅亡するとしたら目に見えないウイルスか何かに滅ぼされるんじゃないか、そう言っていた自分の台詞が、ああ、あれは目に見えない放射能だったのか・・・そう思えてくる。とにかく、この現実の中、自分がミュージシャンだなんてとても言えない。その言葉は新しい時代の歌になって聞こえた。自分を捨てるときが来たのだ。この状況を変えるには、乗り越えるには、それぞれの立場如何に関わらず、自分を捨てなければならないのだ。斉藤和義も、自身の歌をパロディルことで、これまでの自分を捨てた。もちろん、山口兄貴も。
 僕も、捨てなければならない。真っ先に。そして、最後まで捨てないのは誰なのだ。
なーんて。そんなことはもう気にしない。変わり始めた何かは、簡単にはおさまりそうもないから。