顔には二種類ある。時間の流れを感じさせる顔と、まったく感じさせない顔。当然のことながら、この時間のトンネルの中から抜け出すことは何人にも不可能だ。つまり、同じ時間を生きているにもかかわらず、感じてしまうこの違い。「感じるか〜い?」というスケアクロウさんの声が聞こえてきそうだが(彼らの歌は別の意味での問いかけだが・・・)、僕は人間の中の植物性を感じてしまう。メロメロポッチを始める前、妻の実家の梨園の作業の手伝いをよくしていたが、同じころに植えられた木でも、年輪を感じるもの、あるいは若々しさを感じるもの、様々だったこととだぶる。瞬間として、顔を静なるものとして捉えていることとも関係がありそうだが・・・
 けれど、顔のしわに魅力を感じた画家、鴨居玲ではないが、刻まれるその時の流れこそ生きた証ではないか。「気づけば人は死ぬ」そんな言葉がふと浮かんだけれど、人生はそれほど長くはないだろう。

やりたいことをやるだけ。迷ったり、愚痴を言ったりする暇はない。
空を見上げよう。そんな時は。