仕事中、眠る僕

 昨日は象徴的なお客さんが交互に訪れた。結婚が決まった彼。そしてふられた彼。決まった彼は正直、まだまだそんなことはないと思っていたので驚きと、またその素敵なエピソードに拍手を送った。ふられた彼には出せという酒を、断ることしかできなかった。確かに、人生にはそんな夜はある。けれど、メロメロポッチはそんな店ではない。やはり、主人公はライブをするミュージシャンであり、その表現を楽しむお客さんだ。その夜が楽しめなければ店を後にするしかない。
 失恋すると、反応は人によってまったく違う。僕にとって一番印象的な経験は、体温が急激に下がるような感覚、そして、一向にアクセルを踏み込む力すら失ってしまうような虚無感に覆われた力のなさ。これが僕にとっての失恋だった。拒食症まではいかなかったが、時々話を聞く激痩せの現象はなんとなく理解できる。生きようとする気力が無くなってしまうのだ。
 そんな話はしなかったけれど、今日の昼過ぎ、常連のあるお客さんと二人きりで結婚と失恋についての話をした。一通り心にあることを言い放ったあと、僕はカウンターの内側でうかつにも眠ってしまった。どれだけの時間が過ぎたか定かではないが、目を覚ますと、お客さんは静かにその時の推移を見守っていた。眠る僕を見て彼がどう思ったかは聞いていないが、しばらく沈黙は続いた。会話は眠っていても続いていたような気がした。仕事中、眠る僕をそっと見守ってくれる彼の幸せを願わずに入られない静かなメロメロポッチの午後。
 幸せ、結婚、失恋、沈黙・・・