言葉の三態

 最近の僕のキーワードは言葉。そして、固体であれば氷、液体は水、気体は水蒸気。のように言葉にも3つの形態があるという。液体は、声による言葉、固体は文字に書かれた言葉、気体は念としての言葉。それぞれに意味合いは違い、微妙にニュアンスも変わってくる。
 この日記も振り返れば、膨大な文字としての言葉が蓄積された。けれど、現実はといえば、この日記に僕の日常の思いのすべてが表されるわけはなく、とにかくあふれ出し、零れ落ちていく。つかみきることも、つなぎとめることもできない数々の瞬間に、リアリティーがあって、輝きが満ちている。生きていくってそんな感じがする。
 「美」と直感するものの中に、言葉の美しさがある。言葉のきれいな人はそれだけでかなり美しい。逆に、どれだけきれいな人でも、言葉に「美」を感じさせなければ、薄っぺらく思えてしまう。そう思うと、言葉はその人の心と深く関係があるように思う。タイトルには三態、と銘打ったが、きっともっとあるのだろう。言葉の深く微妙な魅力を追求したい。その輝きに包まれながら。そんなことがふと浮かんだ夜、KURI ライブの余韻の中で。ありがとうございました、KURIさま。優しい愛に満ちたサウンドを!