至福

 メロメロポッチという空間。まるで生き物のようなこの空間は、ずっと待っていた。そして、餓えていた。今夜という夜を。長谷川健一の歌が鳴り響くこの夜を。昨年のゴールデンウィーク、セッションバンドのSHERPAの陽氏がゲストで呼んでくださり、メロメロポッチでハセケン氏が歌って以来、ずっとずっと僕の心を捉えて放さなかったそのせつない響き。何百回、何千回聴いてもたどり着けぬ魅惑的な詩。陰揚と抑揚の微細な世界。圧倒的な答えを求めぬ淡々たる姿勢。溶け入るようで凛と佇むその存在感。すべてにおいて僕の常識をさりげなく超えていくシンガーソングライター。

 リハーサル。ぽろんと鳴らしたその一瞬で、今夜の感動のすべてが、恐ろしいほど赤裸々に僕の脳裏にイメージされた。震えと興奮を抑えるのに必死な自分。こんな体験も、まるで父の死に直面した小6の瞬間以来だったような気がする。

 「至福」。それはまるで、死を含んだ限りなき世界。あの世とこの世の境が、ふっと途切れる瞬間。恐ろしくも幸福なこの夜。ありがとうございました。一杯のビール。そして、沈黙と静寂。長谷川健一