星空がこぼれる夜に

 なんとなく、悶々とする日々が続いていた。戌年の僕は、本能的にどうすれば癒されるかを知っている。海だ。海に行って泳ぐ。のが一番だがさすがにそれは無理っぽい。冬だから。けれど、昨夜バンドの練習が終わって外に出て空を仰ぐと、海からの優しい風が頬を撫ぜる。よし、今夜は海へ。
 真っ暗な夜の海は、恐ろしいほど不気味だ。その雰囲気に飲まれないように、波音のグッドバイブレーションに心の波長を合わせる。すると、ふっと星空の海と自分がひとつになる。夜風に慣れたころ靴を脱ぐ。そして靴下も脱ぐ。ジーパンの裾をめくり、いざ海へ。一瞬にして癒される。そして、改めて空を見上げ、自分が宇宙人であることを意識する。ものすごい確立で今ここに自分が立っている。奇跡なんて言葉では片付かない。あ然として阿吽の呼吸。子宮の中にいるような気分にさせる波音。僕らはみんな地球の子供。普段、気にしているちっぽけな出来事が星の輝きの果てへと消えてゆく。この瞬間何もいらなくなる。そして、逆に動物的な衝動に駆られる。矛盾を抱えた自分が夜に浮かび上がる。聖人はどこにも存在せず、だからみんな彼の出現を渇望する。けれど現れてしまったら終わりなのだ。もし現れてしまったら、中途半端な約束も、やり残した宿題も、渡せずに仕舞ってあるラブレターも全部処分しなければならない。彼が現れる、あるいは、彼と出会うということはそういうことなのだ。
 けれど生き続ける限り、出会うかもしれない無限の可能性の中に僕たちはいるわけだ。出会ってしまったとき捨てれるのか。ずっと問いかけている。
 車の中で眠ってしまった僕に、星空は答えを急かすことなく優しくたたずんでいた。まるで、遠い昔からずっとそばにいる恋人のように。
星空って女かな?とぼけたことを考えながら帰路に着く。
 別の道を選んだ懐かしいヒトのことを考えながら・・