甘露

 昼下がり、センター試験を終えた23歳が一人、カウンターでビールを飲んでいる。17歳のころからこの店に通う彼と将来の話をしながら。案外つまらない夢を持っている。それがつまらないということも、賢い彼は十重に承知している。大学へ行くと言い出してから、どんどんつまらなくなっていく。けれど、彼本来の伸びやかな感性は、誰も押し殺すことはできない。彼自身でさえ。つまらなさそうに僕も合図地を打ちながらカウンターに座る。肘をついてだらしない姿勢で彼の話を聞いていると、目の前の椿の完全に開いた花芯から、ぽたりと何かがこぼれた。おや、雨漏り・・そんなはずはない。指でさわり、ぺろりと舐めてみると、それは、なんと蜜だった。彼にも舐めるように勧める。はじめは嫌がるも、ぺろり。「あ、あま。ってか、うま。」
 人生は、何かをやろうとしているときに、脇から起こる出来事こそが、人生。そんな言葉を思い出した。ストレートに大学に進学しなかった彼の人生は味わい深い。今、彼が進学したとしても。

 その夜、メロメロポッチでは某飲み会が開催された。どういうわけか、23歳の彼も参加して飲んでいた。話は意外な展開をたどり、場は涙の海。

 露は、時に甘く、そして、苦い。気づく暇もなく、人の息遣いを縫って、何かがいつも脇から湧き上がる。すれ違う笑顔がいつも新鮮であることを願い、自分自身が、明日も自分自身であることを願う。希望はなくとも、道はなくとも、僕たちはこの道を行く。絶望の淵にたどり着いたとしても、心臓が奏でるビートだけを信じて。

 彼に幸あれ。